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若者限定ウチナーヤマトダチ

間違って使われている言葉として「チラガー」というのがある。これは「顔の面」という意味だが、ワラ、バー達は「〜のようだ」「〜の真似」として使用している。これらの「若者限定ウチナーヤマトグチ」は主に都市圏で使用されている。普及範囲はきわめて狭く、街ごとに言葉が微妙に変化していく。なかにはその校区だけでしか使用されない言葉というのもある。若者世代が独自の言葉をしゃべるのは内地もおなじ。でもなぜ、彼らは「チョー」とか「〜だからあ」といった全国で使われている若者言葉ではなく、ウチナーダチを織り交ぜた独自の言葉を生み出したのだろう。「若者限定ウチナーヤマトグチ」の背景として、沖縄の「中途半端なヤマト化」が挙げられる。家庭、教育、メディア……、今の子供達は昔と違い日本語の渦のなかで育っている。こんな環境で正しいウチナーダチをしゃべろ、というのがどだい無理な話だ。だが彼らにはオジイ、オバアがいる。老人は孫に向かってウチナーダチで話す。孫は老人の表情や少しだけ知っているウチナーグチの単語で意味を理解しようとする。微笑ましい光景だが、これが問題なのである。間違って覚えてしまっても大人はバカにするだけで、矯正してくれないのだ。しかも相手は思春期。大人なんて大嫌い、というわけで「若者限定ウチナーヤマトグチ」は地下に潜り、スラングとして同世代の間だけで流通するようになるのである。これを「嘆かわしい方言の乱れ」と批判的に見る大人は多く、地元新聞の読者投稿欄でバッシングされることが間々ある。それに伴い県内の教育界を中心に、正しいウチナーグチを次世代に伝えようと「方言大会」が開催されるようになった。しかし「若者限定ウチナーヤマトダチ」が衰える気配はまだまだない。

乗務員が2名になっていた

布部を出て、ふと気づけば乗務員が2名になっていた。運転室で運転士ともう1人の乗務員が、言葉を交わしている。どうやら、富良野からさらに1人乗り込んでいたようだ。その先、空知川を再び渡る。レンガ積みの昔の橋脚跡が3年前の折には残っていたが、今はもうなかった。鉄橋の前後に続いている旧線跡も、白い雪に埋もれている。ちなみに、富良野(旧下富良野)〜金山間は1900年に開業。根室本線の中でも、最も古く開通した区間だ。次の山部では3回目の交換。相手は帯広からの滝川行快速「狩勝」。実はこの上り「狩勝」も釧路始発で、釧路〜帯広間は普通列車2522Dとして運転されている。つまり、帯広〜滝川間は快速運転されるものの、わが2429Dと同じ行程を逆に走っている。むろん、快速なので「青春18きっぷ」での利用はOK。2429Dの僚友ともいうべき列車だ。すれ達いざまに、「狩勝」を見ると向こうは1両単行。当方は豪華な(?)旦両細成だ。快速を上回る編成に、ちょっと勝ち誇りたいような気分になる。列車は雪を被った原生林の生い茂る、存まだ遠い山あいを進んでゆく。空には、白い綿がポッカリと浮かんでいる。列車と遊んでいるかのように、鳥が上空でゆっくりと輪を描いた。実にのとかな朝の山の中を、2429Dは駆け抜けていく。

人が旅行に行く時

人が旅行に行く時は、何回でも行ってみたいところへ行くこともあれば、行ったことのないところへ行きたいということもある。誰でも旅行のはじまりは行きたいところに行くことからはじまるから、かなり旅なれた人にとってはまだ行ったことのないところがあるとしても大抵はロクなところでないことが多い。たとえば、アフリカの象牙海岸やレソトやマダガスカルには、私もまだ行ったことがない。行ったことのないところには是非、行ってみたいと思うから、いつか行くだろうけれども、行かないうちから、大体、どんなところだが見当はついてしまっている。アフリカやインドやポリネシアを歩いても、フランス人やイギリス人の植民地の名残を見て歩くようなもので、なかでも一番はっきりしていることは、メシのまずいことであろう。かつて私はマラケッシュとか、チュニスを歩いていて、旧フランス植民地だから、フランス料理の面影くらいはあるだろうと期待してレストランに入ったが、似ても似つかぬものを出されてすっかり失望した。だから、旅のスケジュールをつくるにあたって、今も守っている三原則がある。一つは、できれば、旅の帰路に料理のおいしい国に寄って口なおしをしてから帰ること、二つ目は、行ったことのある同じところにばかり行かず、必ず未知のところを一ヵ所や二ヵ所加えること。そして、三つ目は、土曜日曜に、パリとか、ロンドンとか大都会になるべくいないようにすることである。