志望校の選択にあたっては、過去の出題傾向を検証することが重要。その理由を、登山に例えて、もう少し具体的に説明します。大学に限らず、受験の難易度に伴う校別ランクが存在します。入学試験では、難関校と中堅校では出題の質が違うので、志望校を決める際は、出題傾向を知ることが重要な意味を持つのです。標高が低く登山ルートが一本だけの山は、入試に置き換えれば、中堅校以下の出題です。一つの解答法しかないので、迷う余地はありません。問題が解けるか、解けないかの勝負なのです。この大学を受験する場合は、過去における出題率の高い類型問題や入試典型問題を数多く復習することが受験対策になります。一方、難関校は標高が高く、登山ルートの攻め方が複雑で多岐にわたる山に似ています。登山口(問題を見た段階)で、的確なルートを探し出さなければなりません。ルートを見いだしても崖崩れのような障害が隠れていますし、頂上にたどり着ける道(解答法)は、出題を一見しただけでは分かり難いことが多い。
「日本の大学教育は曲がり角にきている」と言うのが、大学の基本的見方です。それは、有名大学も無名大学も問わずです。その理由の第一は、日本の大学は国際競争力が大変弱いということです。例えば、ノーベル賞受賞者数を見ると、最近、同賞を受賞した東大の小柴さん、東北大出身の田中さんを入れても科学三賞でたったの九名です。米国のシカゴ大学の七四名の受賞者数のわずか八分の一にすぎません。第二に、エリート教育を軽視してきました。その結果どういうことになっているかというと、政治家、官僚、経済人の各界トップ層のモラルの低下です。政治家のお金にまつわる不正行為や官僚の公金不正使用等の不祥事は後を断たないし、狂牛病事件に見られるように、輸入牛肉を国産だと偽ってラペルを貼り替えて店頭に並べるなど、一流企業と思えないような行為が平然と行われています。これらすべてが、私利私欲からの俗念から出たもので、日本人の道徳観、倫理観は地に落ちたといえます。
海外生活を送ったとき、あるいは別の組織・集団に入って行ったとき、そこでの人間関係作りを支えてくれるものは、得意であるスポーツであったり、日本の伝統的な稽古事であったり、長いこと続けてきた趣味であったりすることが多いものです。受験が間近に迫ったりすると、つい続けていた稽古事を中断させたり、趣味に夢中になっていることに嫌悪感を示したりして、机に向っていることを最重要視しがちになる。最近では入学後も、部活はほどほどにして、塾や予備校に行くことを望むお母さんが多くなっています。ですが、これから先、子どもの人生を支えてくれるのは、どんな分野であってもいいから、人より得意なもの、優れているものであることが多いのです。今子どもが夢中になっていることがあったら、それを全面的に禁止するのではなく、決められた時間に集中的にやる、その後はスッキリ気分を切り替えて勉強する、そのようにもって行っていただきたいと思います。全面禁止された子りも「両方ともうまくやってやる」というエネルギッシュな子のほうが成功するの。受験のおもしろいところです。
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